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| 造型する。美術、デザインするということは、自由な精神の奥底に眠っているものを起して、作品というモノをつくりだす仕事である。私たちは、たえず何かを見ている。或いは何かを見ようとしている。見ることの記憶が、作品をつくりだす契機を待っている。作品をつくるということは、何を見ていたかということである。ここでいう見るということは、記憶と、これからあろうとする情動の衝突である。 |
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| 私はこれまでに幾度か、「出合い」という言葉を用いてきた。これは二つ以上の因子が交叉するという意である。ある人は、これを偶然性とよんでいる。何かひとつのものを見つめていきたい。そうすると、ひとつの事情は、見つめれば、見つめるほどあてどなく広がって行く。出合いはそんな時現われてくる。 |
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| Thinking EYE=「思考眼」 ......ものを創りだす仕事は、ひとつの作業であり労働でもある。思考は、その中で生れてくる。しかし思考は観念の極限へ向う過程を示すのであって、遙なき彼方へと飛びたつ。思考はさまよい続けるものであって、私には「自由」ということのように思える。であるから言葉は見ているもの、見ようとした絵の記憶なのである。 |
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私が見ようとした絵とは、事物や風景、映画や印刷物、この世界の現実そのものである。すべての空想も、冥想もここを起点とする。パウル・クレーは、目に見えぬものの秩序をとらえようとして、莫大なノー卜をのこし絵画した。ジガ・ベルトフは、キノグラースという言葉を用いて、彼の映画の方法をしめした。キノグラース「映画眼」は、見るという彼自身の行動そのものを記録する。映された世界は、映そうとした眼である。眼は脳の突出した部分であり顔である。眼をかついで街へでた。都市を眼の中に閉じたのだ。眼の中を切断すると、労働者と酒呑みとドンパスの山がでてきた。ドキュメンタリーというメルヘンだった。
思考するというのは、見るということである。だが何も見えないこともある。それでは何もできない。何もつくりだすことができない。だがそれでよいこともある。見るということの中で、ひとつの充溢に出合えばよいと思ってきた。 |
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見るということが、私自身をつくり、決めて行く。見ることが支える。
デザインすること。イラストレーションすること。映画を作ること。舞台、映画美術の仕事をすること。写真を撮ること。建築に関わる仕事。ディスプレイや壁画をつくること。一冊の本の装幀をすること。文章を書くこと。これらすべては、私の仕事である。表現の方法とメディアは異っていても、どこかで共通している。私は、あえて多様に広がりをもった仕事をしてきた。こうした仕事を通して感じるのだ。絵を描くことと映画をつくることは、異った事柄ではない。もともとひとつの事柄のように思う。一冊の本を装幀することは、ポスターをデザインすることと然程異ったことではない。壁画を制作することと、舞台装置をすることとは同じことである。分業化しているのは、社会の方であって、私は然程こだわりを持たない。むしろ私自身を分業化の中へ閉じ込むことを好まなかった。総てが、ひとつの共通した「造型」であると信じてきた。 |
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